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その働き方、あと何年できますか?

著者 小暮太一

発行 (株)講談社

2022年9月20日 第1刷発行

(1)生産性が向上したら、あなたの「給料」は上がるか?

働き方改革が達成できたら、あなたは自分の仕事にやりがいを持てるようになりますか?

2017年に実施された16歳~29歳までの男女1万人への内閣府の調査(就労等に関する若者の意識調査)では、84.6%の人が、仕事の目的を「収入を得る」と回答しています。

労働者に必要なのは、労働生産性ではなく自己生産性(自分自身が求めているもののために働くこと、自分が望む状態により近づいていくこと)です。

自己生産性を上げるためには、経済状態、自己存在感、回避行動の3つの要素を改善させていくことと選択肢を持つことです。

(2)ぼくらが目指してきた「正解」が消えた

スミスやマルクスが理論を構築した時代からは明らかに前提条件が変わっています。新しい環境に対応して、自分の意思決定をしていく必要があります。

毎日頑張っているのに、それほど自己満足感が得られない理由は、目的の消滅です。

(3)なぜ、ぼくらは、「仕事の目的」を失ってしまったのか?

ケインズは、1930年に、このままいけば経済発展によって、やがて人間はそれほどやるべき仕事がなくなると指摘をしました。具体的には、週15時間くらい働けば十分な世の中になると語りました(2030年頃を指しています)。

人として尊厳を持って生きるために仕事が必要です。ケインズは、「人は仕事をしていないと不幸になってしまう」と指摘しています。「仕事が人に尊厳を与える(スミス)。」

「人は長年にわたって、懸命に努力するようしつけられきたのであり、楽しむように育てられていない。とくに才能があるわけではない平凡な人間とって、暇な時間をどの使うか恐ろしい問題である」(ケインズ説得論集:山岡洋一訳、日経ビジネス人文庫)。

日本企業は、フルタイムで働くことが前提とされ、空白に時間を埋めるために、「やるべきこと」がわざわざ作られています。

「何かに役立ているはず」という考え方が、自分自身に無駄なことをやらせているという事実を忘れてはいけません。

(4)なぜ、「熱意あふれる社員」の割合が5%なのか?

「好きを仕事に」を許せない日本人の道徳観があります。日本人には、「汗水たらして働く」美徳に縛られています。

給料の決まり方は、成果報酬型と必要経費型の二種類あります。日本の企業は、後者で支払っていますので、仕事をした実感がありません。

金額交渉が苦手な背景には、「お金は卑しいものだ」という道徳観があります。これは武士道から来ていると感じています。

精神的な価値でかかわる仕事は、その報酬は金銀で支払うべきではない。それは無価値であるからではなく、価値がはかれないほど貴いものであるからだ(武士道)。

仕事は苦しいことで、お金をもらって生活するために仕方なくやっているという感覚を持ちつつ、同時に「でもお金を要求したくない」と思っています。

(5)ぼくらの働き方は誰が決めるのか?

スミスは、人の目を気にしてしまうその性質こそが、社会の秩序を保つために欠かせないものと語っています。このことは、同感というキーワードに凝縮されています。

人は賛同を求め、他人の目を気にする生き物です。常にその賛同を得られるように行動する生き物です。

周囲の目を気にしながらつくった基準が、自分の中にある道徳観になっています。人がどう思うかを取り入れていった結果、世の中の人たちが持っている価値観を取り入れて自分の道徳観を作っています。

自分の感情や願望を出せず、「人からこう思われそう」、「炎上しそう」という理由で、自分を出せずにいます。

(6)こんな時代だから、フロンティア・ニーズがある

自分の中にある道徳観により、本来自分が求めていることを自分自身で否定してしまっています。本当の意味で利己的になれていない。なろうと思ってもなれないのが本心です。

フロンティア・ニーズとは、「こういうことをやりたいけれど、もしかしたら否定的な意見があるかも--------」と躊躇して手がけてこなかったニーズです。人の目を気にしてやってこなかったビジネスです。

スティーブ・ジョブスのスピーチで、「Stay hungry Stay foolish」があります。後者は「無難に収まるな」と訳しています。無難に収まらないfoolishこそが、フロンティアになり得ます。

外野の声よりも自分の譲れないものを意識し、自分はそこに向かって生きていると思えば、外野の声があったとしても前に進めます。スミスは、最終的に人間の拠り所になるのは、「神への信仰心」であると述べています。

(7)やりがいなき時代に「自己生産性」を上げる

「よかれと思ってやっちまっていること」は、よかれと思っているがゆえに、自分でその間違いでその間違いに気づいていません。

人は1日に3万5千回もの選択をすると言われています。選択の9割以上は無意識に決めつけていると言われています。無意識とは、特段深く吟味せずに選択したという意味です。

自分が使っている言葉に影響をされ、使っている言葉から思考が制限されています。

自分がどんな決めつけをしているかを自分で知ること、その決めつけをやめ、同時に「良かれと思ってやること」を変えることです。

(8)よいシナリオを持てば、今が変わる

暗黙のうちに「これは、こういうものだろう」と想定してしまう内容を、心理学用語でスキーマといいます。新しい状況に直面しても、過去の経験から身につけたスキーマがあるので想定しながら動くことができます。

「よかれと思って」きたことを覆すのはなかなか大変ですが、解決策は、「自分の主張に当てはまらないケースを探してみる」ことです。

シナリオの良し悪しが結果を左右します。勝者のシナリオを思い描くと失敗も乗り越えられます。

いい加減そろそろ、僕らは猫をかぶった無難な優等生をやめ、自分が目を背けてきたフロンティアに進むべきではないでしょうか。

(9)感想

書名のタイトルに引かれて、読み出しました。「あと何年できますか?」という問いかけであり、「あと何年したいですか?」ではないところに、著者の鋭い問題提起が隠されていると感じました。

「外の基準で作られた道徳観」、「よかれと思ってやっている」という外からの圧力で、労働生産性だけを求められる世界から早く脱却しないと「できること」も限界であろう。もう、消耗戦は止まないと働きがいややりがいは得られません。

これまでの延長線上には、やるべきことはないからです。ケインズの2030年予言が当たりつつあるのは返って恐ろしく感じます。

この流れを変える視点は、著者は自己生産性であると主張しています。著者は3つの要素の改善と選択肢を持つということが自己生産性を上げるポイントとして挙げています。

私は、3つに要素の中で「自己存在感」が一番重要だと思います。著者の定義は、「貢献できている実感を持て、自分の行動によって誰かに喜んでもらえるような感覚を肌で感じること」となります。これは、アドラー心理学で言えば、共同体感覚と同義だと思います。

著者のもう一つのキーワードは、フロンテア・ニーズです。これも、流れを変える(外界基準から内界基準に)ための視点の転換です。本当の自分の内なる声を聴き、素直に受け入れることが重要です。この自己受容ができないと共同体感覚を育むことはできません。

小手先の働き方改革の前に、自分のあり方を見直すべきだと思います。著者の下記の言葉に心が響きました。
「いい加減そろそろ、僕らは猫をかぶった無難な優等生をやめ、自分が目を背けてきたフロンティアに進むべきではないでしょうか。」

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