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コーチングよりも大切なカウンセリング技術

著者 小倉 広

発行 日本経済新聞出版

2021年8月20日 1版1刷

小倉広事務所代表取締役 心理カウンセラー エグゼクティブ/コーチ 組織人事コンサルタント

(1)カウンセリングが引き起こした五つのミラクル

Case❶
ネガティブな事柄や感情も含めて受容・共感すると、部下の緊張がゆるみ、硬直していた思考が活発に動き出して答えが見えてきます(カウンセリングが先、コーチングがあと)。

Case❷
所属が満たされると心がゆるみ、冷静に現状が見えてきます。所属とは、相手と自分を肯定できることです。

Case❸
レポート(左脳的)ではなく、エピソード(右脳的)で聞くとお互いに見えてきます。後者で聞くと、悩みを引き離すことができて(外在化)、冷静に眺めることができます。

具体策は言わず視点や考え方だけを提案し、相手の自己決定を重視します。

Case❹
問題といったん距離をとって、クローズアップ(虫の視点:アンシエイション)ではなく俯瞰(鳥の視点:ディソシエイション)でものを見ることが大切です。

必要に応じて、矛盾に直面化させたり、違う視点に焦点を合わせて、気づきを重視します。

Case❺
今まで気づいてもいなかった自分の奥底にある信念・価値観(考え方の癖)に気づき、それを受け容れ統合することで全人格的な成長(=自己実現)が起きます。

(2)職場で使える三つの技術

カウンセリング、コーチング、ティーチングの三つの違いは何かを整理します。
❶目的と技術
カウンセリング⇒受容・共感の技術を駆使して、気づきによる全人格的成長を目的とする。
コーチング⇒質問の技術(三つのコアスキル:傾聴・承認・質問)を駆使して、目標達成を目的とする。
ティーチング⇒指導の技術を駆使して、知識、技術の伝達を目的とする。

❷主体と問題解決
カウンセリング⇒主体が部下で、受容と共感を進めて必ずしも問題を解決しません。
コーチング⇒主体が部下で、コミュニケーションを通じて問題解決を目指す。
ティーチング⇒主体が上司で、問題解決を伝授する。部下の状態を考慮しない。

(3)カウンセリングに何か起きているのか(人間性心理学パラダイム)

❶バイステックの七原則
①個別化原則⇒一人ひとりがかけがいのない存在で類型化してはいけない。
②意図的な感情表出の原則⇒積極的に感情を表出させる(ネガティブ感情も)。

③統制された情緒的関与の原則⇒②の相手の感情に対する自分の感情をコントロールする。
④受容原則⇒相手をわかりたいと思う心で、相手の感じたことに共感する。

⑤非審判的態度の原則⇒相手をジャッジしない。
⑥自己決定原則⇒できるだけ指示を避け、相手に自己決定を促す。
⑦守秘原則⇒安心安全が守られた状態が前提である。

❷クライアント中心療法(カール・ロジャース)
人のパーソナリティが成長する時に、中核となる三条件が重要です。
①無条件の肯定的配慮⇒相手を無条件に肯定的に受け止める。

②共感的理解⇒比喩的に言えば、「相手のブーツを履く」である。
③自己一致⇒自分に嘘をついていない状態にする。自己概念を柔軟に更新する(=人格的成長)

❸フォーカシング指向心理療法(ユージン・ジェンドリン)
言葉にならない身体の感覚(フェルトセンス)に意識の焦点(フォーカス)をあて、しっくりする言葉で表現することで意味を感じていくことです。自己概念を体験に重ねて自己一致することです。

言葉を与えていく過程で気づき(身体感覚を伴うah! ha! 体験)が起き、経験そのものが変化していき、自己概念と一致していきます(フェルトシフト)。

❹ゲシュタルト療法(フレデリック・パールズ)
地に沈み込み、無意識下の気がかりを呼吸や表情などから感じ取り、図に浮かび上がらせ、今ここで十分に感じきること(未完了の完了)で、図と地の反転(ルビンの杯)、すなわち気づきを起こします。

❺アドラー心理学カウセリング
あらゆる行動や感情には目的があります(目的論)。目的には、上位の目的が階層的に存在し、頂点には全人類に共通する目的(究極目標)があり、それは、社会への所属です。

(4)今すぐ使えるカウンセリングの技術

カウンセリング型コミュニケーションの五つのステップ
❶壁になる
【個別化原則】【共感的理解】
上司は、ラケットを持ってラリーをするのではなく、壁になります。
用いる技術⇒(相づち+オウム返し+述語的会話)→理解の確認

❷エピソードを聴く
【意図的な感情表出】
エピソードで映像化された瞬間に感情のスイッチが入ります。
用いる技術⇒映像化、THE MOST、入れ子の構造、自己内対話

❸(感情に)共感する
【共感的理解】
共感とは、相手の内的世界に入り込み、感じ味わう体験です。
用いる技術⇒内的世界に入り味わう、Use of Self(自分を使う)、感情の反射、一次感情と二次感情、個別化した上での共感、我―汝の関係

❹(信念・価値観に)共感する
【認知理論パラダイム】
感情レベルの次に、信念・価値観レベルの共感をします。
用いる技術⇒ABCD理論、イラショナル・ビリーフ(非合理的な思い込み)、認知療法

❺解決を提案する
提案は、あくまでもおまけです。
用いる技術⇒Iメッセージ

(5)職場でカウンセリングを活かす具体策

❶WHY—なぜ、カウンセリング型コミュニケーションなのか?
コーチング、NLPの限界は、目標達成をゴールしていることです。カウンセリングのゴールは、問題解決の気づきではなく自分の再発見、自己一致、自己実現です。この気づきが全人格的な成長を生みます。

カウンセリング型コミュニケーションにより実現される心理的安全性は、組織人事分野だけでなく、事業戦略、マーケティング分野にも有効です。

❷WHAT—カウンセリング型コミュニケーションは何をしているのか
カウンセリング型コミュニケーションで起きていることは、職場での所属を満たし、幸福を実感させ、心理的安全性を確保することで結果として生産性を高めます。

体験をカウンセリング型コミュニケーションで深めていくことで、気づきのサイクルを回し、相手の成長を促すという重要な働きを組織にもたらします。

❸WHEN,WHERE,WHO―いつ、どこで、誰が?
カウンセリング型コミュニケーションは、1on1ミーティングで実践するのが最適です。その他では、メンター制度、目標管理制度の面談、テレワーク時のテレビ会議、営業商談、採用面接、イノベーション、アイデア出し、組織変革、異文化融合でも活用できます。

❹HOW—どのように?
モードチェンジしてカウンセリング型コミュニケーションを使い分けします。これを繰り返すことにより、カウンセリング型コミュニケーションが身体化して自分の血肉にとなり、自然と会話モードから対話モードに切り替わることができます。

相手を変えようとするのではなく、相手が自分に「環る」手伝いをするために、自分のコミュニケーションを変えていきます。

(6)感想

相手の状況に応じて、カウンセリング、コーチング、ティーチングを使い分けるコミュニケーションが必要です。その際に、著者の提言するカウンセリング型コミュニケーションが有効な手段だと思います。

多くのカウンセリングの技法、理論、心理療法を学ぶことができました。私は、アドラー心理学カウンセリングを勉強中ですが、視野が広がったと同時に共通する部分も多いことも分かりました。

その中で、ゲシュタルト療法創始者のフレデリック・パールズが提唱し、医学博士のアーノルド・ベイサーが論文にまとめた「変容の逆説的理論」で、「変わろうとすると変われない」という一言には、目から鱗でした。

変わろうと意識することは、変われない自分を認識して自己(現状)否定しようとするので、このような変容のパラドックスに陥ってしまうという鋭い指摘だと思います。

アドラー心理学で共同体感覚を得るためには、ありのままの自分を受容することから始めるように、一旦受容しなければ、何事も自分を変えることはできないのであろう。

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