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幸せな職場の経営学

著者 前野隆司

発行 2019年5月30日

小学館

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授

(1)どんな職場が「幸せ」なのか

幸福学とは、幸せに生きるための考え方や行動を科学的に検証し、実践に活かすための学問です。

地位財(他者との比較優位によって価値が生まれ、満足を得られる財)による幸せは長続きしない(ダニエル・ネトル)。

非地位財(他者との比較ではなく、それ自体に価値があり、喜びにつながる財)による幸せは長続きする(ダニエル・ネトル)。

感情的幸福は、年収7万5千ドルまでは収入に比例して増大するのに対して、それを超えると比例しなくなる(ダニエル・カーネマン)。この事実があるにも関わらず、さらに地位財を目指すことを、「フォーカシング・イリュージョン(幻想)」と言います。

幸せを構成する4つの因子
➡4つの因子がバランスよく備わっている状態が極めて幸せな状態
❶やってみよう!(自己実現と成長)
❷ありがとう!(つながりと感謝)
❸なんとかなる!(前向きと楽観)
❹ありのままに!(独立と自分らしさ)

主観的幸福度の高い人はそうでない人に比べて創造性は3倍、生産性は31%、売上は37%高い傾向にあります(エド・ディナー)

企業は、「働き方改革」で時短を徹底して無駄を減らすことを考えるのではなく、まず「社員やチームメンバーを幸せにすること」を目指すべきです。

これからの時代に求められる組織は、個人か集団に偏るのではなく、「個人の幸せ」と「皆の幸せ」のどちらも大切にするウエルビーイングな組織です(幸せファースト)。

進化型組織には、ティール組織やホラクラシー組織があります。これらには、従来のピラミッド型の組織構造はありません。フラットな組織で、社員一人ひとりが主体性を持ち、意思決定ができる自主経営組織です。

(2)ウェルビーイング第一主義が世界を変える

もともと日本に根づいていた調和を大切にしつつ、物事を中期的視点から捉える経営術が見直されています。

外発的動機よりも、皆がそれぞれの幸せを目指して働くということ(内発的動機)が見直され始めています。

集団主義と個人主義、近代西洋型思想と古代東洋型思想のどちらか一方を目指すのではなく、両者のメリットを融合させ、一人ひとりの人間が、幸せを目指し、相互で高め合うようなウェルビーイング第一主義にすべきです。

個人主義的ウェルビーイングでは、自己肯定感を高く持ち、自分を許し、信頼し、敬い、愛すること(総称して自分を愛すること=セルフコンパンション)が重要です。幸せの因子では、前述の❶~❸が当てはまります。セルフコンパンションとは、自分への愛、慈悲です。

集団主義的ウェルビーイングでは、他者を許し、信頼し、敬い、愛することが重要です。幸せの因子では、前述の❹が当てはまります。

創業者やトップの理念やビジョンが組織全体に浸透している会社の社員には幸福度の高い人が多いことは明らかです。

従業員の幸福度が上がれば、創造性は3倍になり、生産性は1.3倍になります。これからは、従業員満足度ではなく従業員幸福度を向上させることに力を入れるべきです。

仕事にやりがいと喜びを見い出すためには、自分なりのビジョンが明確で、ある程度の自由裁量があれば、人は主体的に考え、動けるようになります。

一人ひとりが、目の前のことだけでなく、全体のことを主体的に考えながら行動する自律型の組織形態が求められています。

ウェルビーイング第一主義型のリーダーは、牽引型のリーダーではなく調和型のリーダーで、そして愛のあるリーダーです。愛とは、コンパンション(深い思いやり、慈悲)やリスペクト(尊敬)といった意味に近いです。

(3)すべての組織は、幸せになれる! (Q&A)

❶やる気とモチベーションについての悩み
❶-1 部下が受け身で、主体的に仕事を進めようという気概が感じられない。
➡悩んでいる管理職世代自身が指示待ち人間世代ではないか(心理学の投影の理論)。指示待ちの人間には、明確な指示を与えることです。創造的な指示を与えられない上司が、自分の責任を若者に転嫁しています。

❶-2 会議などでメンバーが積極的に発言しない
チームメンバー一人ひとりがチームに対して気兼ねなく発言でき、安心して本来の自分をさらけ出せると感じられる場(心理的安全性)を作ることです。

❷人事と職場の人間関係に関する悩み
❷-1 良い人材が採用できない
前述に投影理論のように、自分の会社が魅力的であるかを自問すべきです。
魅力的な若者を採用したいなら、イノベーティブで、幸せで魅力的な会社やチームを作ることが一番の近道です。

❷-2 上司を尊敬できない
対話によって(アサーション)、相手に話が長過ぎることに気づいてもらうことです。
傾聴とメタ認知で、話を聞く側の態度を変えることで、相手も徐々に変わっていきます。

❷-3 若手がすぐに辞めてしまい、育たない
「仕事は我慢してやるもの」という考え方自体を変えた方がよい。理念の共有、権限の委譲、対話、仕事内容の工夫によって、組織、チームを魅力的にするべきです。

❷-4 いつも不機嫌な人がいて、チームの雰囲気が悪い
苦手な人がいたら、まずはその人の話を聴き(傾聴)、興味を持つことです。そして、その人の良い部分、自分が好きだと思える部分を見つます。

誰かを苦手に思うという感覚を持ったら、それは成長のチャンスです。

❸リーダーシップについての悩み
❸-1 次世代リーダーが育たない
主体的で対話的な学びの機会を設けて、社員を教育する時代がきます。トップが、「社員の成長や幸せにも配慮した経営をする」という理念を持つことが大切です。

従業員の経験を促進する制度を定着させることが有効です。そして、リーダーとして力強く行動していきたいというマインドを育てることが重要です。

❸-2 ビジョンが浸透しない
どれだけ本気で思いを語っているでしょうか。「なぜ社員はビジョンを理解しないのか」という問いかけではなく、「どうすれば、自分はもっと理念を熱く伝えられるのか」を考えます。

❸-3 新規事業が生まれない・イノベーションが起こらない
「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセットのままで、その問題を解決することはできない」(アインシュタイン)

まさにこのマインドセット(個々の思考様式)の変革が必要です。そのためには、世界と自分を俯瞰しつつ、多様な人や自分と対話することが有効です。

❸-4 チームリーダーになったが、前任者と比べられて、やり辛い
質問者が被害妄想で、気にし過ぎている場合や質問者が謙虚に学ばなければならない場合もあります。いずれにしても、冷静に我が身を振り返ることが問題解決の鍵になります。

(4)働き方の未来

何をするか(doing)ではなく、どう生きるか(being)が問われる時代です。

AIに負けないくらい創造的で感性豊かな、かつ利他的な人が増えている反面、AIやロボットに惨敗しそうな人も少なくありません。つまり、「幸せ格差」が拡大しています。

多様な人と接する頻度が高い人は幸福度が高くなる傾向があります。ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包括性)も幸せな生き方・働き方につながります。

幸福度の高い人は健康であるのみならず、長寿になる傾向が高いです(エド・ディナーの研究)。

孤独と幸福には負の相関関係があることも明らかです。今後は「弱いつながり(弱い紐帯)」を大切にして皆の幸せを重視する社会へシフトするでしょう。

ボランティアや社会貢献活動は、誰かを支えようとする自分自身をこそ、まず幸福にしてくれます。

ワークライフバランスを取ることが目的ではなく、あくまでもワーク・ライフ・ハッピーが前提です。

企業が社員を不幸にすることで競争に勝てた時代は限界を迎え、今や働く人を幸せにできる企業が生き残る時代に移行しつつあります。

幸せになるための第一歩は、「幸せになると決める」ことです。「幸せに生きる」という人間の本質に戻るだけです。

幸せファーストのチームや職場を作ることで利益や成長は後からついてきます。さらに、長期的な活動の持続というギフトも得ることができます。

幸せは伝播します。幸せなチーム、職場を作ることが世界平和の始まりなのです。

(5)感想

『何をするか(doing)ではなく、どう生きるか(being)が問われる時代です』という言葉が心に響きました。

私自身も、パンデミックの中、今、まさしく働き方、生き方、学び方の三つのあり方(Being)が問われていると考えているので、とても共感をしました。

個人のwell-beingと組織のwell-beingをどう融合していくかが今後の大きな課題になると思います。その際の課題解決のキーワードは、ダイバシティ&イングルージョンだと思います。

お互いの違いを認めて(ダイバシティ)、違いの良さを生かす(インクルージョン)を同時に統合することです。この統合する力が組織のケイパビリティとなり、模倣困難な組織能力へと発展していくと思います。

私の世代は、自分の幸せを犠牲にしてでも会社に尽くすことが善しとされていましたので、幸せファーストというと何を青臭いことを言っているのだと揶揄されそうですが、

前野先生が述べているように、まず、「自分が幸せになる」と宣言することから始めたいと思います。忘れかけてきた人間らしさ復活の第一歩です。

一人ひとりが、この覚悟で生き方を見直せば、幸せは伝播し、幸せ格差は生じないのではないでしょうか。

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