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自律する子の育て方

著者 工藤勇一・青砥瑞人

            発行 SBクリエイティブ(株)

            2021年5月15日 初版第1刷発行

          工藤勇一 横浜創英中学・高等学校長

          青砥瑞人 (株)DAncing Einstein代表

(1)いま、教育現場で何が起きているのか

 日本の学校教育を受けた子供たちは、受け身の思考回路、つまり当事者意識のない子供に育つ傾向があります。自ら考え、判断を下し、行動を起こせる自律した子供を育てることが、日本の喫緊の課題です。
 学校の最上位の目的は、「子どもたちに社会で生きていく力を見つけてもらうこと」ですが、教育のあらゆる場面で手段の目的化が起きており、子どもたちの自律を阻むようなことが平然と放置されています。
 三つの視点で学校の教育制度を見直すべきです。
 ●自律・尊重を妨げている教育活動はないか?
 ●目的を見失った活動はないか?
 ●非効率なもの、無駄なものはないか?
 本書は、「神経科学をエビデンスにしながら学校教育を本質から問いただす」ことをテーマにした「麹町研究」の一部をまとめたものです。
 研究会で議論を重ねる中でキーワードとして絞られたのは、【心理的安全性】と【メタ認知能力】です。

(2)心理的安全性

 脳神経科学から言えば、教育の究極的なゴールは、子どもたちの脳を「率先して自分を成長させられる脳」かつ「率先して幸せな状態をつくることができる脳」に育てることです。
 まず、人間の脳の特性全般を理解するうえで重要な原則を三つ挙げておきます。
 ①Use it or lose it
②人の意識は有限
 ③人は、本来、ネガティブ思考が作動しやすい
 学校や家庭が子どもにとって緊張感や嫌悪感、不信感に満ちた環境だとすれば、子どもの脳にはストレスがかかりっぱなしで脳を訓練するゆとりがもてません。子どもの脳を自由にすくすく伸ばしていくためには、できるかぎり子どもの脳に不要な負荷をかけず、心理的安全状態に保っておくことが重要です。
 心理的安全性を高めるためには、教育の現場を子供たちが安心できる環境にしておくこととストレスに強い脳を作り、心理的安全状態を自ら作ることが得意な脳を育むということです。
 キーワードで言えば「失敗しても大丈夫だよ」「失敗こそが学びなんだよ」ということに尽きます。

(3)メタ認知能力

 メタ認知とは、「自己を俯瞰的に捉え、自己について学ぶ機能」のことです。
 自分を客観視して自分の脳に点を作るとしたら、この点をつなげることを俯瞰視と言います。脳神経科学から説明すれば、脳には、同時発火した神経細胞同士は結びつくという原理があります。つまり、学びを得るのは、「複数の定点」を同時に見た時です。
 メタ認知能力を高めるためには、自分と向き合う機会を増やすことです。自分の事を対象化して認知する行為を内省といいます。内省をすると脳の中に物理的変化がおき、確固たる自己という情報が造形されます。つまり、当事者意識を持つということです。
 当事者意識とは、外部から入ってくる情報を処理する際に内部情報(自分に関する情報)も同時に発火できるような情報伝達構造に脳がなっているということです。
 外部評価に依存する形で自己を形成されていくと自己を見失ったり他責にする傾向がみられますので、メタ認知のできる大人が伴走者となって、脳に適切な負荷をかけ続けるしかありません。

(4)麹町中学の三つの言葉がけ

 ①「どうしたの?」(「なにか困ったことはあるの?」)
 子どもの置かれている状態を言語化してもらいます。メタ認知に必要な自分の内面に意識を向ける訓練にもなる言葉であると同時に、子どもが   
 何をしても頭ごなしで叱らない、ことがポイントです。
 ②「君はどうしたいの?」(これからどうしようと考えているの?)
 子どもの意志を確認します。自分の置かれた状態を解決するための方法を、頭のなかで考えてもらうためのきっかけづくりです。
 ③「何を支援してほしいの?」(「先生になにか支援できることはある?」)
 問題解決の手助けをします。実際には大人から選択肢を与える形になることが多いですが、どんな支援を受けるのか、もしくはそもそも手助け 
 を受けないのかを判断するのは子どもです。同時に、教員がサポートをする意志を表明することで、子どもも「先生は味方である」と認識する  
 ようになり、それがさらなる心理的安全性に寄与します。
 当事者意識を持って、主体的に考え、判断し、行動する自律した人間に変えていくことを、麹町中学では「リハビリ」と呼んでいます。
 このリハビリの中心的な役割を担うのが「3つの言葉がけ」です。子どもの心理的安全を保ちつつ、メタ認知の訓練をしていく手段として、いまのところこの言葉がけに勝るものを知りません。

(5)感想

 脳神経科学と教育論という各点を同時発火させて、学校教育を本質から問いただす視点は、大変素晴らしいと思います。多くの先生の心に響き、学校教育の改革に繋がることと確信をしました。
 日頃仕事柄、大学生の就職支援をしていますが、自己肯定感が弱い学生が多いと感じていました。また、若手社員の中には、指示待ち族が多いとも感じていましたが、本書を読んでやはり日本の教育に問題があると改めて感じました。
 日本の企業の中では、キャリア自律、自走型社員という言葉をよく聞きますが、思考の癖が既についていますので、物凄い時間とお金がかかるのではないでしょうか。
 したがって、学校教育から素地を作ってこなければ手遅れになることを、本書は、社会に警笛を鳴らしているのではないかと思います。

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